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横内悦夫氏講演、「カタナの誕生」「油冷エンジンの開発」
3月14日、ユニコーンジャパンの創業25周年記念+新社屋オープンセレモニーに、スズキの歴代オートバイ開発第一人者である横内悦夫さんが来られて祝辞とともにお話しされた内容を、要所のみ要約してご紹介します。(なるだけ正確な記述に努めますが、録音はしていませんし、自分の言葉で記述するので、多少オーバーな表現があってもご容赦を(笑))

全体としては、これまでに雑誌などにも掲載された内容と重複すると思いますが以下のようなお話しでした。



★カタナの誕生

それは1980年の夏、社長をはじめ、開発担当一同が社内の一室に集められた。そこには届いたばかりの新車クレイモデルがあったが、ベールを脱いだその容姿に一同は息を飲んだ。それこそまさに、カタナが姿を現した瞬間だった。
ハンス・ムートの手によってデザインされ、現実の形として生み出されたその姿に一同は言葉を失っていた。
社長は「こんな仮面ライダーみたいなもの、やるのか?」と言ったが、こんなバイクが公道を走るところを想像するとワクワクしてしまう。社長は「やるのか?」とは言ったけど「やるな」とは言ってないので良い方向に考えることにした。

しかし、ヨーロッパでこのバイクを売り出すためには、販売店へのデリバリー等を考慮すると、翌年(1981年)2月までには出荷しなければならない。半年ほどの短い時間で新車を完成させるためにはモタモタしている暇はなかった。社内承認も後回しに、現場レベルで開発の手回しに取り掛かった。

会社のトップの承認を得るためにはデータが必要だ。
そこで目をつけたのが、西ドイツのケルンで開催される二輪車のモーターショーだ。そこに我々はカタナのプロトタイプを出品することにした。
ショーが開催されてみると、カタナの周りには黒山の人だかりが出来ていた。そして、固唾を呑んで見守っていた人々はそこから一歩も動こうとしなかった。いかに皆が衝撃を受けたか想像に難くなかった。
我々はその場でアンケートを作り、見ていた人々にカタナの感想を聞いてみた。
「非常に良い」から「非常に悪い」の5段階で聞いてみたが、ほぼ全数が「非常に良い」か「非常に悪い」に偏った結果となった。そこで私は「非常に悪い」の解答を捨てた(笑)。
これで無事、会社の承認も得ることが出来、カタナの本格開発が出来るようになった。

開発は短期間で厳しいものだったが、GS1000などで確立された4ストロークエンジンをさらに強化し、カタナの開発は進んでいった。
そして、完成した車体を竜洋テストコースで走らせたときはヘルメットの中で思わず笑みがこぼれてしまうのを自覚した。2速~3速全開から加速するストレートではあっという間に200km/hに達したが、車体に伏せると風圧を感じることもなく、そこには静寂すらあった。

こうして、短い開発期間にも関わらず、GSX1100S KATANAは世に送り出され、その後、20年もの間製造され続けたスズキを象徴するバイクに成長した。


★油冷エンジンの開発

本格的なレーサーマシンであるGSX-Rを開発するとき、我々の大きな命題は、重量を20%下げること、だった。
220キログラムの車重を20%削減するということは、約44キログラムの削減、マラソンの高橋尚子の体重と同じ、大人一人ぶんの重量を減らすことになる。
現場の技術者は皆そんなことは無理だと言ったが、私は不可能ではないと信じていた。

まず、エンジン。空冷は重量面で有利なものの、耐高負荷性に限界がある。水冷にすれば大きなパワーにも耐えられるようになるが重量がかさむ。
そこで思いついたのが、エンジンにはオイルがある、ということ。大きなオイルクーラーをつけて、より積極的にオイルを循環・噴射すれば冷却性能をアップできるはずだ。
こうして油冷エンジンの開発が始まった。

出来上がったものを当時の運輸省に持ち込み、認可申請をしたが、「油冷エンジンなど無い」と却下されてしまった。空冷か水冷しか知らず、油冷という種類そのものの存在が未知だったからである。そこで我々は油冷エンジンのカットモデルを製作し、運輸省の役人の目の前で油冷システムのデモを行った。
カムシャフトにオイルを噴射するところを、水を循環させて見せた。判りやすいように注射器を使って赤や青のインクを混ぜ、色水が噴射される様子を見せると、大きなどよめきがおこった。よその部署の人までが詰めかけ、デモは盛況、無事、「油冷エンジン」は認められた。

一方、グラム単位の抜本的な軽量化が進められた。

ピストンとクランクをつなぐコンロッドの軽量化にも取り組んだが、肉厚を削減するとどうしても途中で折れてしまう。現場には諦めの空気が流れたが、ここで思いついたのが、竹や釣竿のような「しなり」だ。
折れてしまうのは「折れる部分が弱い」からではなく、「そのほかの部分が強すぎる」からである。ならば、折れてしまう部分以外を削って全体がしなり、応力を上手く逃がすようにすればよい。
このときにやったのが、テストで破損した部分を赤く塗り、破損しなかった部分を青く塗りつぶすということ。

このような地道な作業の末、出来上がったエンジンは、耐久性が落ちることもなく、過酷な長時間テストにも耐え、むしろ、耐久性は向上していた。

同様の作業はエンジンだけでなく車体全体に対して行われた。
フレームなど、クラックが発生した箇所を赤く塗る作業は皆がやったが、壊れていない場所を青く塗ることについてはあまり積極的ではなかった。しかし、私は実直に青く塗ることをやめなかった。
なぜなら、赤・青に塗り分けられた全パーツを眺めると、いかに削減できる場所が膨大にあるかを雄弁に語ってくれるからである。

このようにして、見事、20%を超える軽量化を果たし、GSX-Rと油冷エンジンは世に送り出された。

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以上、こんなようなお話しだったと思います。

スズキのエンジンは壊れないことで定評がありますが、開発中に行われる過酷な負荷テスト・耐久テストを他のメーカーのエンジンでも実施すると、早くに壊れてしまうそうです。

古くより、車両デザインが残念なメーカー、という評価もありますが、その部分は好き好きでもありますし、POP吉村氏をして「過剰品質」と言わしめるエンジンは、やはり、自慢していいと思いますね。

なお、長く乗るためにやってほしいことは、オイル管理をきちんとやることと、2週間に1度ぐらいは乗ること、ハイオクガソリンを使用すること。
設計はハイオクガソリンの前提でやっているので、レギュラーは出来るだけ使わないほうがいいとのことです。(ノッキングの説明がホワイトボードを使って行われました)

横内さんのお話し、非常に面白かったですが、雰囲気伝わったでしょうか?
14日は行って良かったとつくづく思います。
by group-a | 2009-03-17 10:59 | GSX1100Sカタナ | Comments(0)
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