ランエボの歴史に幕
2014年3月28日、三菱自動車がランサーエボリューションの生産を現行モデル限りで終了する方針を明らかにしたようです。

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初代となる「ランサー・エボリューション」が発売されたのは1992年でした。

それまでギャランVR-4で参戦していたWRCへの次の新兵器として、より小型なランサーのボディにギャランVR-4から受け継いだ4G63型ターボエンジンと駆動系を搭載し、戦闘的なエクステリアを纏ったモデルをホモロゲーション取得のために発売したのが始まりでした。

初代は地元の友人が買ったっていう話をだいぶあとになって聞いた程度の関わりしかありませんでしたが、就職してクルマに乗るようになり、クルマにのめり込むようになってその存在を知るに至りました。それはちょうど、エボIIが完売になったあとのことでした。
その頃は新車どころか中古車すらほとんど流通していなかった時期。ペラッペラのカタログを穴が空くほど見てましたね。

その後、縁あってスバルのインプレッサWRX(初代)の中古車を買うことができました。

そう、ランエボはインプレッサとWRCでも市販車でも互いに競い合いトップの座を奪い合っていました。バイクで言えばHY戦争。やっぱり強大なライバルの存在は欠かせないものですね。

そんな時代、今では幻のように歴史から忘れ去られつつありますが、競技で勝つための開発や改良、それが市販車に反映されるという古き良き時代。日本車がごく普通のクラスのクルマでさえ、高い信頼性と性能を誇るまでに進化してこられたのも、このような背景があったからではないでしょうか。

ちなみに、ランエボやインプレッサ、セリカ、パルサー、レガシィなど、WRCのGroup-A規定では、使用される車両の改造範囲が厳しく規制されていました。そのため、各メーカはホモロゲーション取得のための市販車にあらかじめ必要な装備を設定していました。
つまり、改造が許されない箇所は最初からWRCスペックの装備としていたわけで、「過酷なレースでのノウハウをフィードバックした市販車」ではなく、「レースでのノウハウをフィードバックしつつ、そのままレースで使用できるほどの市販車」が製造されていたんですね。
Group-A時代、日本ではそのようなクルマが他国に比べると安価で、そして飛ぶように売れていたこともあって、ホモロゲーション獲得のための条件を比較的容易にクリア出来ていたので、日本車がWRCでトップを独占していたのは日本特有の市場があったためだと言われています。
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さて、ランエボは最終型となるエボXが発売されたのが2007年4月ですから、マイナーチェンジがあったとは言え、量産モデルとしては長く続いたほうではあります。
しかし、時代や価値観の移り変わりは無情なもの。21年続いた歴史にとうとう幕を下ろす時が来たんですね。

時代や流行は繰り返すもの、ではありますが、さすがにこういったクルマがまた新たに現れることは無いような気がします。

もともと保険料が高い上に、ガソリン価格の高騰、消費税と地球温暖化対策税の増税、古い車などの自動車税増税など、ランエボを取り巻く環境はますます悪化していくので、そのうち真剣に考えないといけないのかなぁと弱気になる気持ちも浮かんできたりしていましたが、ランエボ生産終了の話を聞いて、いま乗れるこのクルマに出来る限り乗り続けたい、と思い直しました。

今後の国産車にも、所有する喜びや愛着、運転する楽しさを与えてくれる、そんなクルマが生まれることを願います。
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by group-a | 2014-03-31 16:52 | クルマ | Comments(0)
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